SNSの画面で目に飛び込んでくる誰かの「形」──新しい活動を始めた報告。 自分らしく働いている笑顔。 心に響く力強い言葉。
それらを見た時、胸の奥がチクッとしたり、言葉にできない「ザワザワ」が広がったりするのは、けして気持ち良いものではないですよね。
「あの人はすごいな」 という思いの後に続く、「それに比べて私は……」という不快な感覚。
こうなっているとき、私たちの内側で何が起こっているのかを書いていこうと思います。
同時に生じる「2つの心の動き」
誰かの輝きに触れたとき、私たちの心の中では、まったく違う二つの動きが同時に起きます。
一つは、「いいな」と純粋に惹かれるもの。共鳴や刺激。
もう一つが、「私なんて」と胸の奥がきゅっと縮む、自己否定の痛み。
この二つは、どちらか一方ではなく、同じ瞬間に、同じ深さで起きているものです。
惹かれるからこそ、今の自分との差に苦しくなる。
そこへ進めていない現実を認めたくなくて、心が防衛反応としてざわついています。
こんな時、どうしたらいいのでしょう。
「反応」をそのまま置いておく
チクッとしたり、胸の奥がざわついたりする時、 私たちはすぐに「どうにかしなきゃ」と動こうとしたり、何が起きているのかを分析しようとしてしまうものです。
でも、行動や分析をする前に、まずは、観察してみること。
・私は何に反応したの?
・どこが痛んだの?
・どんな感覚だったのか
静かに反応を見つめていると、 その痛みが「何を教えようとしているのか」が 少しずつ浮かび上がってきます。
例えば、「あの人の活動じゃなくて、あの楽しそうな『笑い方』が欲しかったんだ」と、矛先が全然違うことに気づいたり。
「今の仕事、本当はもう嫌いになりかけてるのかもな」と、隠していた自分の限界がポロッと剥がれ落ちたり。
こうして「本当は欲しいもの」や、「もう手放していい価値観」、はたまた「ただ疲れているだけ」のサインを受け取ることができます。
すぐに結論を出さないことで守られるもの
心がざわついている時ほど、 私たちは急いで答えを出そうとします。
「私も頑張らなきゃ」 「私はダメだ」 「これは嫉妬だ」「これは可能性だ」
こうした“即時の意味づけ”をするほど、私たちは自分の本質から遠ざかってしまうものです。
なぜなら、ざわつきが起きている時は、 まだ内側の動きが言葉になっていないから。
この状態の時に結論を急ぐと、 本当の意味を取り逃してしまいます。
あなたの大切な種が健やかに芽吹いていくために、 焦って動かず、じっと観察するところからはじめてみませんか?
